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「ん……聞いたことはあるな。通ったことはないが」
「なら今日はそこから帰ろう。早く買い物に行きたいんだろ?」
楓がああ、と頷く。
「じゃ、職員玄関だな」
俺と楓は、自分の下駄箱から靴を取り出すと、未だにおしくらまんじゅう状態の生徒達を尻目に、職員玄関へ向かった。
ところでおしくらまんじゅう状態と言うことはつまり隣の人と密接に触れ合ってると言うことで、合法的に女子の柔らかい部分に触れられるんじゃないだろうか。だとしたら突撃準備をしなければ。
楓の冷たい目線が怖かったので、突撃は夢半ばに諦めた。無念。
職員玄関を出ると、裏門から出て、以前通った記憶を思い出しながら歩く。
俺の記憶力を嘗めないで欲しい。五個の英単語を言われたら一個は憶える自信があるぜ。
そうやって二人で歩いていると、なんとなく、昔の記憶を思い出した。しみじみとした雰囲気を感じる。
俺と楓と、楓の姉ーー椿(つばき)姉さんと遊んでいた頃の記憶。よく意味もなく街中を歩き回ったものだ、懐かしい。幼い俺たちにとっては小さな街でも立派なジャングルだったのだ。
椿姉さんは俺や楓より二つ歳上なので、今は遠くの大学に通っている。と聞いている。
楓に負けず劣らず美人で、モテモテだった。楓とはタイプが異なる美人なのだけど。
それに、楓と違い人当たりがよく、男子からも女子からも人気者だったのだ。俺も昔は椿姉さんの優しさに惚れたっけな。いやいや、今はそんなことないけれど。
「そういえば、椿姉さんに全然会えてないな……。元気にしてるんだろ?」
「……ああ、元気だ」
椿姉さんのことを口に出した時、心なしか楓の声が少し暗さを帯びた気がした。
何か思い当たる節でもあるかもしれないな、と俺は何となく考えて、歩いているうちに忘れてしまった。
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