新人は楽じゃないよ

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 虹ノ沢<ニジノサワ>町役場二階。パーティションで仕切られた区画が幾つかあるのは、部署毎に分けられているからで、それぞれの天井からは部署名が書かれたプレートが下がっている。  時刻は二十時。窓の外は真っ暗。何しろ海沿いの田舎町だ。そして入庁一年目の新人町職員である俺――上松架<アゲマツ カケル>は、未だ真っ白な蛍光灯の明かりの下、パソコンのキーを弾いていた。絶賛残業中、というワケである。今日は金曜。ラストスパートだ。 「へぇー、カケちゃん明日旅行行くの?」 「いやー、旅行ってほどのものでもないですよ。母が袋井<フクロイ>の滝の紅葉見たいって言うもんですから、日帰りで」 キーを打つ手はそのまま、俺は隣の席に座っている女の先輩の問いに、笑いながら答えた。この女性は、穂積麻綾<ホヅミ マアヤ>先輩。年齢こそ俺の二級上なだけだが、彼女は大卒で俺は院卒だから、この職場においては四期上だ。 「家族旅行かぁ、親孝行だねこのぉ」 「ちょっ、先輩」 麻綾先輩に小突かれたことでキーを打つ手が止まる。彼女がハンドバッグのチャックを閉め、一足先に帰る支度を済ませていた事に俺が気づいたのは、この時。 「ま、楽しんできなよ。残業頑張った分もね」 「あはは、ありがとうございます」 「じゃ、私ちょっと先に上がるけど、きりのいいとこで終わらせて帰りな?」 「はい、そうします。お疲れ様でした」  軽く手を振って部屋から出て行くスーツ姿の麻綾先輩を見送り、俺は書類の仕上げに入るべく再びキーを打ち始めるのだった。
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