新人は楽じゃないよ

3/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 新人の俺にとって、町役場での仕事はまだまだ慣れない事ばかり。麻綾先輩の接客時の落ち着きや作業の的確さは、良き見本となっている。が、彼女は年数的に来年あたり、ジョブローテーションで別部署に異動してもおかしくはない。一番間近で仕事を教えてくれる彼女に異動されてしまうと、俺にとっては実にイタい。今年の内にできるだけ、仕事を吸収しておかないと。  そんな事情もあって、俺は毎日必死こいて仕事をしているワケで。残業なんて当たり前。一昔前の「公務員はヒマだ」なんてウワサは大ウソだ。  と、少し話が逸れちまったけど、俺はこの通り連日残業なうえ実は一人っ子。父さんは首都圏に単身赴任中だったりする。……となればもう分かったかな? 上松家は家族同士で過ごす時間が少なくなっている。 ……え、土日があるじゃないかって? いやいや、土日は俺が休みな代わりに、母さんがスーパーでパート。それで結局、スレ違いの日々なのだ。  だからたまには……ってところだろうな。母さんがちょっとした旅行にでも行きたいなーなんて言い出したのが先月だった。十一月になれば、丁度紅葉が見れるって。  俺としてはどうせなら都会に出掛けたいんだけど、社会人になった手前ワガママ言うわけにもいかないし……というわけで、山あいにある紅葉の名所、袋井の滝に車で行くことにした。  今日も残業だろうなとは予測していたから、旅行の支度はもう済んでいる。とは言え、気づいたらもう時計の針は二十時半を回っていた。一週間の疲れもキてるし、そろそろ終わるか――そう考えた俺は書類をキャビネットに片付け、パソコンをシャットダウンして席を立った。  この一週間も頑張ったぞ、俺! ってな感じで意気揚々とカバンを肩に背負い、部署を背に歩き出す。  そして、一階の玄関でタイムカードを印字した時に気がつく。 「電気、消し忘れた……ッ!」 がっくり。俺は再び、階段を駆け上がるのだった……。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!