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(風邪でも引いたかな……)
しかし、そんなことを気にしている間にも彼女の手の中にある携帯はなり続ける。
恐る恐る彼女はその携帯を開き、発信者を確認する。
「井坂重則」
誰だよ!
琴音は身に覚えのない名前に一人ツッコんだ。というよりそもそも重則って男の名前じゃないのか?あたしのアドレス帳に男なんていたか?誰かが勝手に登録したのだろうか。
なんと不気味な……。
琴音は果てしなく不信感を抱いていたが、男に縁がなかったためなんとなく男子の名前があることに興味が湧いてきた。
彼女はゆっくりとその通話ボタンに指を添え、力を込めて押した。
途端、通話口からチャらい感じの声が流れてきた。
「あ、おい翔真?お前今なにしてんだよ!映画行く約束はどうしたんだ!?こっちはもう待ち合わせ場所についてんだからな!そっちが誘ったんだってこと忘れんなよ!早く来いよこのバカ!」
ガチャ。
乱暴にまくしたてた発信者はそれだけ言うと電話を切った。
つーつー、と普通音が聞こえる中、琴音は呆然としていた。
しかし、いきなり知らない人間に身に覚えのないことで罵倒されたことに対してではなかった。
「映画……あたしが?……男と……映画?」
こんなことであった。
生まれて映画なぞという場所に誰かと二人で行ったことのない彼女にとってそれほど心に刻まれることはなかった。
しかもそれが異性ともなれば格別である。
琴音はウキウキしながらベッドに再びもぐりこんでさっきの男の言葉を何度も繰り返した。
「映画行く約束はどうしたんだ!?……うっふふふふふふ……」
なんともおめでたいことだ。
しかし、そのおめでたさあまりに彼女は気付いていなかった。気付くはずもなかった。
彼女の体はすでに男であったということに。
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