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真夜中の歓楽街を抜けるわけにもいかず、玉虫は遠回りをして三条尻手まで歩くことにした。
超高層のビル群の根元の道を、初秋の風に吹かれながら、架輪に腕をつかまれながら歩いた。
「ナイトナイトの前でタクシーを捕まえて帰れ」
街灯に照らされた架輪の顔は頷き、その手に、すこしだけの力が入った。
〈泣いていた記憶しかない〉
「え?」
架輪はすぐ傍にある玉虫の顔を見上げた。
〈水仙瞳の本の出だしよぅ。自分で書いているのね、言葉から滲みでる感情で解るわ〉
プイと横を向いている玉虫の半月目玉に、待ちわびの式部の唇。
その名の通り、誰かを待ち続けているのであろう妖艶な唇は続けた。
〈泣いていればそのうちに、太い男の腕に抱き上げられたり、白く長い男の指に頭を撫でられたりした〉
「‥‥」
〈そんな男達は皆、決まって、こう言ったわ。 「お父さんと呼んでごらん」 〉
〈寂しい本よ〉
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