学園へ

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「坊や、私の可愛い坊や。起きなさい、今日は大切な日でしょう?」 王都レグリア。 貴族の私有地に大きく構えられたお屋敷の一角。 豪勢な装飾の施されたベッドの上で眠る少年を、聖母のような笑みを湛えた女性が揺り起こす。 優しく体を揺すられた寝ぼけ眼の少年は、開いた薄めで笑みを浮かべる母親の顔を一瞥すると寝相の悪さでずり落ちていた布団を顔まで引き上げモソモソと引きこもった。 「あと五年・・・・・」 微かに聞こえたそんなセリフに、笑顔を浮かべたまま溜息を吐いた女性は 「起きろって言ってんだよバカ息子」 瞬時のその表情を般若も裸足で逃げ出すほど険しい表情へと切り替えると、一切の手加減なく布団越しに拳で彼の腹部を打ち付けた。 鈍い音がして、布団の塊がビクリと動く。 這うような呻き声を上げながら布団から顔を出した少年に再び聖母の笑顔を浮かべた彼女は、愛しい我が子の頬を細い指ですっと撫でる。 「永眠する?」 そんな、身の毛もよだつセリフを吐き出しながら。 「・・・・・おはようございます、母様」 母親の瞳の中に本気の色を感じ取った少年は、一時の安息とこの先の人生とを天秤にかけてようやく起き上がる。 彼の言葉に朗らかに挨拶を返した女性は、彼の頭をそっと撫でると額に軽く口づけをした。 「今日は入学式でしょう?遅刻すると大変よ、早く起きてご飯食べちゃいなさいな。父さんがお待ちかねよ」 母親の言葉に、少年―――ノア・エーデルハイドは今日がどんな日であるかを思い出す。 遠く離れた人知れぬ場所に佇む魔術のメッカ、王立魔術学園への入学の日。 この世界に住まう人間であるならば誰もが例外なく通う事になるその場所へと向かう日。 十五の誕生日を先日迎えた彼も例外ではなく、これから生きていく上で必須の技術である魔術を学ぶ為に学園へと通う事になっていた。
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