托された言葉

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 将人の慕っていた男が死んだ。 ボス、月神冬季の相談役の部下として、それなりの実力とそれなりの信頼を得ていた男。 相模涼。将人が唯一兄と慕った男だった。 「あっけねぇなぁ、兄貴。」  涼の骸の前、鼻で笑う。 あまりにも唐突で、あまりにもあっけなくこの世を旅立った。 その事実は涙より先に嘲笑を与える。  将人は自身の背に視線を感じた。 誰かなどと問わずともわかる。 この視線の主は自身の初めての月。 「涼はお前の兄貴分だったな。」 静かに聞く冬季の声に、将人は振り返ることなく肯定した。  初めて涼に会ったのは将人が中学の頃。 やんちゃ盛りの若い将人は多少人より強いというだけでのぼせあがっていた。 それを容易くねじ伏せたのが、他ならぬ涼だった。  将人が高校を中退した時、親に言われた。 「どれだけの金を使ったと思っている。」 その台詞に、全てが馬鹿らしくなった。 その時、手を差し伸べたのも涼だ。 将人の両親が将人の進学のためにつぎ込んだのと同じだけの、あるいは有り余る金を将人へと授けた。 「金でテメェの未来が買えるなら買ってこい。それから先は俺の知ったことじゃねぇがな。」 将人が海外へと旅立ち、涼から貰った金の倍額を返済すると、涼は満足そうに笑った。 「テメェの指針は見つかったのか?」  そう尋ねた涼に、将人は首を振った。 「まだだ。まだ、それだけが見つからねぇ。俺の光に成り得るだけの奴は、未だ見つからねぇ。」 そして涼は、将人を暗夜へと誘った。 冬季という月との出会いを与えた。 涼のおかげで指針を見つける事ができた。 将人の人生の中で相模涼という男はなくてはならない存在だった。  だが涼は死んだ。 目の前で冷たい肉の塊となって横たわる。 あっけない死。 兄貴と呼んだ男の、見たこともない顔。
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