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「早く早く」
二階からいとこの一馬(かずま)が言う。
「そろそろ欠け始めてるぞ」
「うん、わかった!」
カモシカのようなすらりと伸びた四肢で飛び跳ねながら、愛美(まなみ)は学生カバンを重たそうに肩にかけて玄関を抜けた。
「おはようございます、慎一郎おじさま」
「よく来たね、一馬たちなら上にいるよ」
「ええ、おじゃまします」
愛美はぺこりとお辞儀して、靴を整えてからおじの家に上がった。
応接には所在なく、ひとりの紳士が座っていた。
愛美の顔に、ぱっと喜色が浮かぶ。
「麗、来たんだ!」
相手におはようという間も与えず、愛美は彼に抱きついた。
やれやれ、と苦笑しながら、抱き付かれた先、柴田麗は恩師である慎一郎に会釈した。
「君のお父さんはどうしたんだい、いっしょに来るかと思っていたが」
「置いてきた。起こせ、って言ってたけど、ついてくるとうるさいから。だって、金環食だよ? 起きない方がどうかしてるよ」
あー、携帯にじゃんじゃん着信入ってるし、と言って彼女はiPhoneの電源をオフにする。
「おやおや」
今頃、憤懣やるかたないといった風で大急ぎで仕度しているであろう友人を思い、麗は気の毒に、と思った。
「愛美、早くしろよ、麗おじさんも!」
上から同じくいとこの双葉(ふたば)が声をかけた。
行っても本当にいいんですかね、と麗は言い、どうぞ、と慎一郎夫妻は先を促す。彼は自分の娘ほどの歳の女の子に手を引かれ、二階のベランダへ通された。
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