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……しまった、言い出すタイミングを完全に見逃した。
後悔の念にかられるがもう後の祭り。
時森さんは既に僕に背を向けて自分の家の方へと歩きだしていた。
一瞬、後を追いかけて約束を取り付けようとも考えたけど、具体的なプランもないし、何よりそうする勇気が今の僕にはまだなかった。
憧れは恋に変わったけど、だからと言って人間はそう簡単には変われない。
クラスで一番の人気者とクラスで一番目立たないやつ。
その差は明白で、だからこそ一歩が踏み出せない。
僕は去ってゆく時森さんの背中をただ見つめることしか出来なかった。
「あ、そうそう」
と、そんな僕の葛藤を分かっているかのように時森さんが立ち止まった。
だけど、顔はこちらを振り向かない。
それが今の僕の行動に対する時森さんの返答なような気がして胸が少し締め付けられる。
「一つ言い忘れたことがあったんだった。友幸君……帰り道、気を付けてね?」
「え?」
時森さんのその言葉に僕は胸の苦しさも忘れて聞き返していた。
なぜなら、その言葉の響きが時森さんが僕をからかう時のそれと瓜二つだったからだ。
嫌な予感に汗がつぅと背筋を流れる。
帰り道に一体何があるというんだろう?まさかクラスの男子が先回りしていたりして……。
ありえないと言い切れないところが怖い。
そう僕が嫌な想像に囚われていると、時森さんが今度はちゃんとこちらを振り向いた。
「じゃあ今度こそ本当にバイバイ。次は頑張ってよね?」
「え?あ、うん、バイバイ」
そう言って手を振って去っていく時森さんに同じく手を振り返す。
次はって……あ!?
最後の言葉の意味を考えて、その意味に気が付くと僕は顔が真っ赤になった。
もしかしてバレてた!?
どうやら僕の逡巡なんて時森さんにはお見通しだったらしい。
恥ずかしさで熱い頬を抑えながらもう一度時森さんを探すが、彼女の姿はすでに雑踏の人ごみに紛れて見えなくなっていた。
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