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「……それで、用件は以上か?」
少年は何も答えない。せっかく反応してやったというのに、無視をするとはなんという奴だ。更には、唇を尖らせ頬を膨らませている。
何なのであろう。やはり不機嫌であるらしい。しかし、この少年の心情などどうでもよいことなのだ。俺には華奈子さんにプロポーズするという重大な責務がある。もう、少年に構う必要はない。
取り敢えず夏祭り会場の西のほうに――という俺の思考は、突然上がった金切り声によって中断させられた。
「きゃあああああ!!! この変態っぽそうなお兄さんが僕を犯そ、うむぐくむううう」
俺は体を素早く後方へと向け、高速で音源との距離零メートルの位置へと移動し、日本語とは到底思えない言語を発する口を手のひらで塞いだ。
少年が口に当てられた俺の手をどかそうしてくる。
周囲の人々から視線が送られているのが感じ取れた。だが、人々の様子を窺ってみたところ、誰も110番通報はしていないようである。
きっと仲の良さそうな兄弟が、もしくは親子がじゃれあっているように見えたのだろう。
変態っぽそうなお兄さんが少年を犯そうとしている風に見えていないことを祈る。
「お前何故いきなり叫んだ!? 俺が何か変な態度でも、ってイッテェ!!」
右手に激痛が走った。嘘だろ、こいつ人の手を噛みやがった。思わず、少年の口許から手を離す。
「何をしやがる、貴様!」
「うるさいよ、お兄さん風情が!!」
けなしているつもりなのだろうか。よく分からぬ。
「普通、『願いを叶えてあげるよ』って言われたら、もっと喜ぶものでしょうが!! もっと良いリアクションしてよ!!」
心臓の拍動に合わせて、右手がじんじんと痛む。そんな理由で俺は冤罪を掛けられそうになり、右手を噛まれたというのか。
理不尽すぎる。
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