第二節 時読みの賢者

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「賢者様じゃない。クロウだ」  クロウは、少し考えるようにしてからナスターシアを見据えた。  「巫女、お前は俺を誰だと聞いたな。未来を知るお前でも、俺の存在は知らなかったのか」 「ナスターシアよ。ええ、そういえば……そうね」  彼と出会った時は無我夢中で、考えるより先に行動を起こしていたが――ナスターシアの見た未来に、クロウとの出会いはなかった。  あの不思議な羽音と共に彼に出会ったとき、何か一本の線を踏み抜けた気がした。  まるでナスターシアのいる世界と切り離された、別の空間へと移ったような。  そこで、クロウは話題を変えた。  ぷいっと、子供のようにそっぽ向くと、 「俺は別にあいつに会いたくない」 「そんな!」  あっさり背中を向けてまた寝転がってしまう。 「約束通り、一時的にお前を匿った。今日一日はここにいてもいい。好きにしろ」  そう言ったきり黙ってしまった背中にかける言葉が見つからず、ナスターシアは小さく息を吐いた。 「分かったわよ……あなたに頼らなくても、私はちゃんと……痛っ!」  見栄を切り、大股で歩き出そうと一歩を踏み出したところで激痛が走り、ナスターシアはその場にうずくまった。  見ると、先ほど――といってもどれくらい前なのか分からないが――痛めた左の足首が、赤く腫れあがっていた。  巫女や神官といった聖職者の中には魔力を持ち、治癒術を使える者も多いが、ナスターシアにはその適性がなかった。  未来可視の力がなければ、本当にただの人間だ。  先ほどから押しては引いて、また押してくる、己の無力さに対する失望と苛立ちの波を振り払う。 (もう一度、『見直さないと』……)  この現状は、ナスターシアの見た選択肢のどこにもなかったものだ。  どこからか、予定が『狂って』いる。
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