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その打算を押し隠すように目を伏せ、ナスターシアは己の決意を口にした。
「私には未来を視ることが出来る。なら、出来ることが分かっていながら、やらないことは、逃げだと思うの」
もちろん、〈塔〉を出奔することに恐れがなかったわけではない。
だがこれは、やらなければいけないことなのだ。
他の誰でもない、ナスターシアにしか出来ないことだ。
家族を失い、孤児としてアウセクリス帝国領内の教会に預けられたナスターシアは、未来可視の異能によって異端の扱いを受けた。
生活を共にする子供たちからの虐めや、周囲の奇異の目に晒された幼いナスターシアは、この力を恨み、いつしか未来を視るのをやめた。
だが、『未来を視る少女』の噂を聞きつけたサウレ・マーラ正教会に引き取られ、生活は一変する。
ナスターシアは、太陽神サウレの加護を受けた奇跡の巫女として、教団の威信のためにその力を使うことを求められた。
何の後ろ盾もない〈翡翠の巫女〉は、教団内の権力闘争の格好の駒だった。
博愛と平等を説くサウレ・マーラ教の総本山たる教団の実態は、野心と権力、自己顕示欲と名誉欲が地層のように折り重なった上に建つ黄金の楼閣だ。
そんな現実と信仰の狭間で翻弄されながら、ナスターシアが己を見失わないで済んだのは、ひとえにゼイン王の存在があってこそだ。
彼の指し示す未来が、ナスターシアの進むべき道だと、そう思えたからこそ、〈翡翠の巫女〉としての誇りを失わずに済んだ。
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