第四節 見えない未来

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〈沈黙の森〉には、時の門が存在する。  そして、その〈時の門〉を守護するのが、〈時の番人〉だ。  時を司り、時を守り、時を操る存在――時の門の番人。 「鴉(クロウ)――時の番人の化身ね。星を読み、時を操るとまで言われた賢者にピッタリ……本当に、あなた〈時の番人〉じゃないの?」 〈時読みの賢者〉という呼び名が、この地に隠居した高名な賢者を、この伝承になぞらえたものであるのは明らかだ。  ナスターシアの冗談めかした問いかけに、クロウは答えない。  代わりに、その黒曜石の瞳をじっと星空に投げかけた。  その横顔に月の陰影がかかり、この青年の存在を、より一層謎めいたものに見せる。 「――南の星が割れている。次の夏は酷い冷夏になる。今から穀物の貯蓄と流通の調整を進言してやれ。放っておけば物価が高騰し、冬には餓死者が増加する」  何ともないように言われた言葉に思わず天を仰ぎ見る。  澄み切った冬の星空が広がっていたが、満天の星々の中のどの星を指しているのか、ナスターシアには分からなかった。 「……まあこのくらいのことは、お前でも時期が近くなれば見えるか」 「……近くなってからでは手遅れなこともあるわ」  占星術は、天候や災害、国家の大局などを読むのに有効だ。  ナスターシアの未来可視は、人の目と同じで、近いところは細かく見えるが、遠いところはおぼろげにしか見えない。  そして、未来はいくつもに枝分かれしているので、その先は選ぶ未来によって大きく異なる場合がある。  言うなれば占星術は結果を見るが、未来可視は過程を見る。  使い方次第ということだ。
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