第一節 逃げ出した巫女

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「鞘! どうしよう、鞘が……!」 「落ち着け。そこに落ちている」  男が指さしたのは、彼が登っている樹の真下だった。  見ると、白い鞘が隆起した太い根に埋もれるように転がっている。  ナスターシアは足の痛みも忘れ、転がるよう鞘に飛びついた。 「良かった……! ありがとう!! あなた名前は?」  感激して顔を上げると、目の前に黒い布が垂れ下がっていた。  ナスターシアは閃いた。 「この〈沈黙の森〉に入って俺の名を聞くとはおかしな女だ。俺はクロウ――」 「分かったわクロウ! 私を匿って!」 「おわっ!?」  皆まで聞く前に、だらりとぶら下がっていた男のマントの裾を、思いっきり引っ張る。  鈍い音を立てて落ちた男を木の陰に引きずり込んだ。 「アナタのお家はどこ!? この森の人なんでしょう? 少しの間だけでいいの、お願い匿って!」 「お家!? 確かに俺はこの森の住人だが……というか俺は……」 「おいっ! こっちだ、足跡が――」  よく響く男の声と複数の足音に、二人は同時に息を飲んだ。  ナスターシアは祈った。  己の唯一の存在証明である、〈翡翠の宝剣〉を抱きしめる。  考えるような沈黙の後、男は口を開いた。 「……分かった。〈翡翠の巫女〉、我が宮に案内しよう」  そう言った青年の腕に強く抱きすくめられた。  バサリ、とやはり大きな鳥のような羽音がし、その瞬間、ナスターシアの意識は暗転した。
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