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翡翠の巫女――『天を見、地を悟る者』彼女はそう呼ばれた。
ナスターシアは最初から奇跡の子などではなかった。
十年前、彼女は奇跡と出会い、そして大きく人生を揺さぶられた。
いや、生まれ変わったといってもいい。ナスターシアはあの時、死んでいたはずなのだから。
「おい! 子供だ! まだ息がある!」
誰かの声。
力強い腕に抱かれ、目を開くと視界に灰色の髪が流れ込んだ。
見覚えのない若い男が、必死の形相で何事かを叫んでいる。
「あの転倒事故で生存者が……奇跡だ」周囲がざわめいた。
奇跡の子、と呼ばれた。
十年前まで、ナスターシアは何の変哲もない田舎貴族の娘で、休暇に家族で馬車で遠出をしていた。
まだ戦乱の収束直後で、治安の悪かった時代だ。
山賊に襲われての悲惨な転倒事故。
恐慌した馬が暴走し、横倒しになった馬車から放り出された家族は、山間の崖を転がり落ちた。
両親も幼かった弟も死んだ。
ナスターシアは奇跡的に軽傷で済み、その時通りがかった騎士団の一行に助けられ、教会に保護された。
何から何までが幸運だった。
そして、その日からナスターシアは不思議な力を手に入れたのだ。
未来を見る力を。
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