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その部屋は、一言で表すと豪奢だった。
天蓋付きのベッドは、大の男が三人ぐらい転がってもまだ余裕がありそうだ。
高い天井には、目にも目映いシャンデリア。
ナスターシアの姿を映す巨大な姿見も、縁に精巧な細工が施してあり、価値ある品と見えた。
(ここ……〈沈黙の森〉の中よね? こんな立派なお屋敷があったなんて……)
驚きを隠せないナスターシアの謝罪を、男は聞いていないようだった。
横になったまま、眠そうな目が、黙ってナスターシアの様子を見つめている。
「そうだ、剣……!」
「そこにある。それはそんなに大事なものなのか?」
手元に短剣がないことに気付き焦るナスターシアに、男は寝台横の棚を顎で指した。
すぐさま棚の上に置かれた宝剣を握りしめ、ナスターシアは、背中で聞いたその台詞に身を固くした。
〈翡翠の宝剣〉は〈翡翠の巫女〉の象徴だ。
だが、その存在を知らない彼が、何を根拠に彼女を〈翡翠の巫女〉と見抜いたのか。
黙り込んだナスターシアの反応をどう受け取ったのか、男は質問を変えた。
「んなことより、なんだって〈翡翠の巫女〉がこんなところに? 教団外の人間が接触し、巫女の力を悪用しないよう、サウレ・マーラ正教会の〈祈りの塔〉で俗界から隔絶した生活を送っていると聞いたが……まさか抜け出してきたのか?」
「…………」
返事の代わりに、ナスターシアは〈翡翠の宝剣〉をぎゅっと握りしめた。
「なぜ、私が〈翡翠の巫女〉だと……?」
「気」
「気?」
「『天を見、地を悟る者』未来を幻視し、現在を知ることの出来る力を持つのが〈翡翠の巫女〉だ。時に干渉する気を持つ人間はそういない。すぐに分かる」
「言っている意味がよく分からないけど……あなたは何者なの?」
「お前はまだ俺の質問に一度も答えていない」
のらりくらりと交わしていたことを真正面から指摘され、ナスターシアは口をつぐんだ。
寝台に寝転がったまま真っ直ぐに見つめてくる瞳は、不思議な色を帯びていて、睨み合っていると飲み込まれそうになる。
少し拗ねたような目つきの青年は、改めて見ると、初見の印象よりも幼く感じた。
ともすれば、ナスターシアと同じくらいの年頃に見える。
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