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夜の十一時。
もう周りは文字通りの真っ暗。少年は車庫から自転車を運び出すと、数多の星が広がる空を見上げた。
「拓夢さん」
「おう」
ゆらゆらとやってきた少女は『美夜姫』(みやひめ)。意匠を凝らした桜の紋様で彩られた赤く艶やかな着物を身に纏い、腰ほどまで伸びたその髪は思わず目がいってしまうほどに美しい。
こうやって彼女と夜に出掛けるのも、もう二週間近くになるだろうか。
「しかしまあ、歩きにくくないかそれ――と思ったけど幽霊だもんなあんた」
「ふふ、そうですね。慣れるまでは苦労した記憶がありますけど。ところで、今日はどちらへ?」
「んー……、決めてねぇんだよな。何処か行ってみたいところとかないのか?」
彼女はきょとんとすると、口に手をあてて唸り始めた。暫くの思索のあと、彼女は笑顔で少年を見つめる。
「では、あそこへ」
「裏山?」
「はいっ」
今夜は星を見ませんか、と彼女は微笑んだ。その表情はあまりにも眩しく、彼は無意識の内にひょいと顔を背けてしまう。
「じゃあ今日は歩いていくか、これだと登るのが面倒だし」
彼の言葉を聞くと、少女は頷いて寄り添った。最も、体が触れあっている感覚などないのだが。
それをよかったと思う一方で、もどかしく感じてしまう自分がいることを彼は実感していた。
――これは一人の少年と、一人の幽霊少女のお話。
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