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グーチョキ山の冬が終わろうとしていた。
山頂の雪解け水が、谷間を縫って流れ出し、
モッサモサに茂ったモッサレラの森を潤しながらふもとの沼へと注がれてゆく。
沼はクッサレラの沼と呼ばれ、底に溜まった泥が腐って強烈な異臭を放っていた。
鼻が曲がりそうなほどひどくにおったが、栄養は豊富らしく、
黒々とした樹木が周囲に密生していた。
モッサレラの森のはずれ、オオカミの群れが一匹のはぐれ鹿を追っていた。
冬が終わりに近づくにつれ、オオカミたちの天下は色あせる。
食べる草もろくになく、降りしきる雪と寒さに体温を奪われ、
動きのにぶっていた草食動物たちも、春になればいっせいに息を吹き返す。
その兆しはすでに現れ始めていた。
「クッ! すばしっこい野郎だ!」
あと一歩のところではぐれ鹿を追いこめず、イラだった声をあげるリーダーのギンジ。
ひときわ大きい体を持ち、後頭部から背にかけて針金のように尖った銀毛がはえている。
ギンジがはぐれ鹿から目を離さず、鋭い声で仲間に指示を飛ばした。
「コテツ! お前らはあっちから回り込め!」
「ヘイ」
眉間に三日月型の傷のあるこわもてのオオカミが、
一群の仲間を引き連れ、指示された方角へと素早く回り込んでいった。
「フブキ! お前らは向こう側から追い立てろ!」
「あいよ」
全身真っ白な毛に覆われ、利発そうな顔をしたオオカミが、
別の一群を引き連れて、コテツとは反対の方角へと折れ曲がっていく。
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