2/16
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「君は、誰? ……何をしてるんだ?」  問いかけるつもりはなかった。  たぶん問いかけるにしても、頭で考えていたのはきっと違う文句だっただろう。  だけど口を突いて出たのは、そんな単純で端的で、いっそ幼稚と言える問いかけだった。こんな問いかけをしても文学科を専攻する大学生だというのだからお笑い種だ。 「笑ってるのさ」  季節外れの土砂降りの中、向こうも端的にそう答えた。  殴りつけるような横向きの強い雨は、まるで言葉を邪魔するかのようにうるさくアスファルトと彼女に打ち付けられていたが、それでも彼女の声は雨音に負けなかった。砂嵐のノイズのように雑でまとまりのない雨音と、凛として芯の通ったハスキーボイスじゃ初めから勝敗なんて決まってる。 「猫。死んでるだろう?」  なんでもない事のように、彼女は言う。傘もささず、こちらに背を向けたまま。  言いながら上半身をほんの少しだけ捻って、びしょ濡れの腕に抱きかかえたそれを見せてくれた。なるほど、小さな黒い塊はピクリとも動かない。  上半身が半分だけこっちを向いたついでという感じで、彼女の顔も少しだけこちらを向く。  あ、綺麗だ。と、ごく自然に思った。  腰まで届くような黒くて長い髪は雨で力なくその白い頬に額に貼り付き、それでも彼女にはどこか呪術めいた魅力があった。  髪の隙間から、同じく漆黒の真珠のような瞳がこちらを見据える。目尻を力なく下げ、口の端を緩く吊り上げたその表情は、それだけを見ると彼女の言葉通り笑っているように見えた。 「猫が死んでるから、ぼくは笑うのさ。だってぼくは、死神だから」  だけど臆面もなくそう言った彼女の鈴のような声は少し弱々しくて、宣言通りに笑っているよりも真冬の雨の寒さに震えているよりも、雨に紛れて泣いていることを静かに主張していた。 「死神?」  ああ違うそうじゃない。聞きたいのはそういう事じゃない。もどかしい思いが胸を内側から引っ掻くが、やっぱり口をついて出るのは稚拙で表面的な言葉。  半分だけこちらを振り返った彼女は、全身で雨をうけて濡れながら表面だけ微笑んでいた。 「そう、死神。だから死んでるものを見つけたら喜しくて笑うんだよ」  死神を自称した、自らとそう歳の変わらないであろう彼女は、微笑みながら泣いてそう言うと――  ――死んだ猫をまるで宝物のように大切そうに抱いたまま、静かに夜の公園の真ん中で崩れ落ちた。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!