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「私、お父さんのこと覚えてた」
「そうか」
娘と離れたのは彼女が2歳くらいのときだから、
もう顔も忘れられているだろうと思っていた。
「顔か? それとも一緒に遊んだ記憶か? それとも――」
「ううん、匂いだよ」
「くさい臭いか」
「臭いとかじゃない。もっとあったかい匂い。太陽をいっぱい浴びたとうもころし畑の匂いがする」
「トウモロコシだろ」
「かわいい子はとうもころしっていうの。ジブリ好きならあたりまえ!」
「ふーん」
「お父さんの背中に寝そべったこと。一緒のお布団で寝たこと。
高い高いしてもらったこと。おっかけっこしてつかまって、ぎゅって抱きしめてもらったこと。
みんなうっすらとしか覚えてないの」
「うん」
「けど、めっちゃ楽しかった!っていうテンションと、そのあったかい匂いだけは覚えてた」
「うん……」
「だから、あった瞬間、あ、お父さんだ!ってすぐわかった」
「うん……」
「わかったっていうか、感じたんだ。お父さんのにおい」
「うん」
「それが、めちゃくちゃ嬉しくて。私ってば偉いなって」
「うん」
「ねえ、お父さん?」
「うん?」
「さっきから、うんとかすんとかしか言ってないじゃん」
「すんは言ってないだろ。すんは……」
「やっぱり泣き虫だね、お父さんは……」
「すん……」
娘がハンカチを出し、私に渡さずに鼻水までふき取っていく。
「しょうがないな、このおやじは本当に」
「いうな。自分でももてあましてる」
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