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「その手を離せ! 彼女は俺のものだ」
気づいたら柾木譲司(まさき・じょうじ)はそう叫んでいた。言われた男も、庇われた彼女も驚いて呆然と自分を見ている。騒がしかった周りも水を打ったように静まり返った。
しまったと思ったが引くに引けない。
いやらしく彼女の肩に手を伸ばしていた男の手を払い、彼女の手をそっととって引き寄せた。
「大丈夫?」
戸惑う彼女を安心させたくて、できるだけ優しく微笑んだ。
自分で言うのは嫌味で嫌なんだけど、日英ハーフの人目を引く容姿、文武両道、父親は実業家、と女性にモテる要素はいくらでもある俺は、学園の王子の異名を持っていた。
そんな俺に間近で微笑まれ、落ちない女は今までいなかった。
そう、今までは。
彼女は俺の微笑みを見ても、まったく嬉しそうではなかった。そしてわずかに苛立たしげな表情を滲ませ叫んだ。
「痛い!」
優しくつかんだはずの手を振り払われ、彼女は飛ぶように逃げ出した。
そして手近にいた、先ほどのいやらしい男 ーー確か名前は鈴木だったかな?ーーとは別の、大人しそうな男子学生の胸にすがりついた。
「怖い……」
小刻みに震える彼女は暴力に恐れる子供のようだった。
先ほどまでは周囲の非難は鈴木に向かっていたのに、今の彼女の言動で俺に移った。特に男どもの視線が痛い。
彼女地味に隠れファンがいるって噂本当だったんだ…。などと感心している場合ではない。
誤解は速やかにとかねば。
俺はゆっくり彼女に近づきながら、恐る恐る声をかけた。
「ごめん。怖がらせちゃったみたいだね」
彼女は男子学生の胸からゆっくり顔あげ、振り返った。素早く周りの気配を確認し、皆が俺ばかりを見ていて、自分には注目していないことに気づいたようだ。
それからやっと俺を正面から見て、譲司を嘲るような笑顔を浮かべた。その凶悪な笑顔を見て初めて悟った。コイツ、わざと俺を嵌めたな……。
先ほどまでのただ純粋に彼女を助けたいという、優しい心は砕け散った。
上等じゃないか、売られた喧嘩は買ってやる。
ここに一人の男と女の、恋愛というには恐ろしすぎる戦いが始まった。
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