2人が本棚に入れています
本棚に追加
エヌ氏は懐から小切手を取り出し、エスが提示してきた値段に0を2つ付け足して渡した。
エスも驚いてエヌ氏に尋ねたが「チップだ、遠慮無く受け取れ」と上機嫌で返されてしまった。
「それでは……先程も申しましたが、二度と外せなくなりますがそれでも宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わん」
「ありがとうございます。そちらは耐水・耐圧設計なので日常生活には支障ありませんので。
それでは良い余生を……」
エスが去った後、腕の装置を眺めつつエヌ氏は一人呟くのだった。
「買うつもりは無かったのだが時は金なりと言うからな。そう思えば安いものだ。それに中々面白いデザインではないか……」
満足そうに時計を見つめ、エヌ氏は誰かに電話をかけ始めた。
「あぁ、私だ。明日から私は旅行に行くことにした。
仕事には戻るつもりはないから、次期社長はあいつにしてくれ」
エヌ氏は部下と思われる相手の反論にも気を留めず用件だけ伝えると早々に電話を切った。
「さぁ、忙しくなってきたぞ……何せ時間は今も刻々と過ぎてるからな」
電話を終えるとエヌ氏は遠足前の子供のように支度を始めるのだった。
~~~
エスも住宅街を出るとすぐさま電話をかけていた。
「えぇ、上手く売りつける事が出来ました……
はい……ありがとうございます。今から本社の方に戻りますので、では……」
エスは喫茶店に入り、アイスコーヒーを頼むとエヌ氏に売りつけた時計を『外しながら』一服するのだった。
「ふぅーーー。冷や冷やしたぜ、でも案外簡単だったな……逆に怖いくらいだ。
しかし、上もよく考えたもんだ。盗聴器付きで遠隔操作の出来る時計を開発させろと言われた時は訳が分からなかったからな。あの社長を現職から引き下ろすためにこんな方法を使うなんて……
まぁでも、あの頭の切れるじいさんがいなくなった事で我が社が天下を取れるわけだ」
エスはエヌ氏に見せたような何の疑いもない自信に満ちた目で、K社のビルを窓越しに見つめるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!