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カーテンの隙間から朝を告げるように太陽の光が差し込む。鳥のさえずりを合図に世間の人々は布団としばしの別れを告げ、足の裏を地面に付けて立ち上がる。
願わくばもう一度柔らかな布団に抱かれて、二度寝したい。でも、それは出来ないことなのだと自分に言い聞かせて、人は今日も歩き出す。
一部を除いては……。
誰もが抱く願望を制御できず、“月島玲太 ツキシマ レイタ”は布団から出てこようともしない。
部屋の隅には無意識に投げられたであろう目覚まし時計が、戦場で散った兵士の如く、虚しく横たわっていた。
ドアがノック無しに開かれて、小柄な少女が玲太にゆっくりと歩み寄る。進行方向に落ちていた目覚まし時計を拾い上げると、元あった場所へ戻し、玲太の寝顔を見下ろした。
ゆっくり屈み、耳元に小さな口を近付ける。息を目一杯吸い込み、勢いよく吐き出す。それと同時に甲高い声が玲太の鼓膜を揺らした。
「お兄ちゃん、朝だよ!」
「うっ……」
表情を歪めるも、玲太は体を起こさない。そこで少女は、更に追い打ちをかける。
「お兄ちゃん、ぐっとも~にんぐ!朝だよ!」
「…………っ」
玲太は寝返りを打つだけで全く起きる気配がない。妹である“月島梨花 ツキシマ リンカ”の叫び声は、どうやら玲太に通じないようだ。
それでもめげずに小さなポニーテールを揺らし、兄の体を健気に揺さぶる梨花。
妹はこんなにも頑張っているのに、依然として玲太は夢の中にいる。
幸せそうに涎を垂らして眠る玲太を見て、梨花はフグのように頬を膨らませた。
「お兄ちゃん!」
「後少し……」
玲太は布団を頭まで被り、防御力を更に高める。
「キャ○ピーがトラ○セルに進化した!?」
「トラ○セルは“ねむる”を使った……」
玲太は棒読み気味にそう言うと、また眠りについてしまった。少女は小さな体を最大限に利用して、玲太の体をゆさゆさと大きく揺さぶる。
「トラ○セルはそんな技覚えないよ!それよりお兄ちゃん、早く起きないと遅れちゃう……」
玲太が一向に起きてくれないから、ついには梨花も目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうになってしまう。
妹を泣かしかけてるとはつゆ知らず、玲太は着実に夢の中へと足を踏み入れていった。
「……起きろぉ~!」
「後一時間……」
「一時間も寝てたら“始業式”に間に合わないよっ!」
布団越しにピクリという振動が伝わる。
「始業式……?」
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