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「・・・そんなに警戒されるとは、思っても見ませんでした。」
「君は・・・橘君じゃないだろう。」
「いえ、橘です。」
「いや、違う。」
「いえ、橘です。」
約十分前からこの会話が繰り返されている。
僕の知っている橘君は僕が十歳のときに亡くなったはずだ。
それなのに今僕の前に居る男は、彼と同じ容姿で、同じ声で、同じ香りを纏って。
彼とまったく同じ顔で笑っている。
どうして・・・
「・・・もう一度、聞いてもいいか。」
「はい。」
「君は・・・僕の知っている橘君じゃないだろう。」
「・・・はい。」
え?今、あっさり肯定したような・・・
「君・・・今『はい』と言ったか?」
「はい。」
「!?。だって・・・だって、さっきまで君は橘君じゃないと言ったら否定したじゃないか。もしかして君はこの十分間僕をからかっていたというのか?」
「・・・お嬢様。貴女は勘違いしておられる。私は橘ですが、貴女の知っている橘ではないのです。」
「それはどういう意・・・」
僕が言いかけると、彼は立ち上がって上着を脱ぎだした。
「ちょっ、君は何をやっているんだ!」
白くて清潔感あるワイシャツを脱ぎかける彼を僕は必死で止めた。
すると、
「お嬢様は知っておいででしょう?橘の執事が本家意外と主従契約をする際の式を。」
「まさか・・・君は、君には無いのか?」
「えぇ。私にはありません。ほら。」
彼はワイシャツを脱いで右肩を僕に見せた。
―案の定そこに橘の家紋は無く、彼の綺麗な右肩があるだけだった。
「君は、僕の知っている橘琥太郎ではないんだな。」
「はい、私は橘琥太郎ではありません。」
「そうか。・・・」
僕が安心したのを見て、彼は服を着ながら言った。
「兄は私が本家に仕えて一年後に亡くなりました。誕生日の一日後・・・貴女を庇って。」
「まさか君は橘君の弟?」
「えぇ、私は橘柳太郎と言います。兄からは毎日のようにお嬢様の話を聞かされたものです。」
「僕を・・・恨んでいないのか。」
その言葉を聞いた彼は、急に泣きそうな顔になって僕を見つめた。
・・・やめてくれ、そんな顔しないで。
僕は、君に泣かれてはどうすることもできないんだ。
僕は、痛む心を抑えながら彼に触れる。
下を向いて泣いている彼の肩は、小さく震えていた。
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