第一章:赤

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     2  「・・・そんなに警戒されるとは、思っても見ませんでした。」  「君は・・・橘君じゃないだろう。」  「いえ、橘です。」  「いや、違う。」  「いえ、橘です。」  約十分前からこの会話が繰り返されている。  僕の知っている橘君は僕が十歳のときに亡くなったはずだ。  それなのに今僕の前に居る男は、彼と同じ容姿で、同じ声で、同じ香りを纏って。  彼とまったく同じ顔で笑っている。  どうして・・・  「・・・もう一度、聞いてもいいか。」  「はい。」  「君は・・・僕の知っている橘君じゃないだろう。」  「・・・はい。」  え?今、あっさり肯定したような・・・  「君・・・今『はい』と言ったか?」  「はい。」  「!?。だって・・・だって、さっきまで君は橘君じゃないと言ったら否定したじゃないか。もしかして君はこの十分間僕をからかっていたというのか?」  「・・・お嬢様。貴女は勘違いしておられる。私は橘ですが、貴女の知っている橘ではないのです。」  「それはどういう意・・・」  僕が言いかけると、彼は立ち上がって上着を脱ぎだした。  「ちょっ、君は何をやっているんだ!」  白くて清潔感あるワイシャツを脱ぎかける彼を僕は必死で止めた。  すると、  「お嬢様は知っておいででしょう?橘の執事が本家意外と主従契約をする際の式を。」  「まさか・・・君は、君には無いのか?」  「えぇ。私にはありません。ほら。」  彼はワイシャツを脱いで右肩を僕に見せた。  ―案の定そこに橘の家紋は無く、彼の綺麗な右肩があるだけだった。  「君は、僕の知っている橘琥太郎ではないんだな。」  「はい、私は橘琥太郎ではありません。」  「そうか。・・・」  僕が安心したのを見て、彼は服を着ながら言った。  「兄は私が本家に仕えて一年後に亡くなりました。誕生日の一日後・・・貴女を庇って。」  「まさか君は橘君の弟?」  「えぇ、私は橘柳太郎と言います。兄からは毎日のようにお嬢様の話を聞かされたものです。」  「僕を・・・恨んでいないのか。」  その言葉を聞いた彼は、急に泣きそうな顔になって僕を見つめた。  ・・・やめてくれ、そんな顔しないで。  僕は、君に泣かれてはどうすることもできないんだ。  僕は、痛む心を抑えながら彼に触れる。  下を向いて泣いている彼の肩は、小さく震えていた。
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