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その瞬間、バチッと電気が走ったような音がし―――突然、試験管が黒煙と炎を上げて爆発した。
「ギャアアアアッ!?」
マダガスカル辺りに生息していそうな怪鳥のような悲鳴を上げ、地面に倒れ込む男。男の身体に被害はどこにもないのだが、それでも奴は、まるで自分が火だるまになっているかのように、地面をのたうち回っている。
僕は右手を左腕の傷口に戻し、溜め息を吐く。ぱっくりと開いたそこからは、尚も血が流れており、止血しない限り止まりそうにない。どうやら思ったより深く刺さったようだ。男の言葉も案外的を射ていたのかもしれない。
どうやって止血しようかと、視線を傷口に向けたまま思考を巡らせていると、背後から誰かが近付いてくる音がした。カツカツという踵のある靴の音だ。
僕は先程吐いたものとは違う色の溜め息を溢すと、尚も地面を転げ回る男の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「ひ、ひぃっ!!」
怯えきった男の両眼が僕の姿を捉える。数分前の威勢は彼方に吹き飛んでおり、その体は小刻みに震えている。
その原因はきっと―――僕が『異常』だからだ。
恐怖を映し出している男の目から視線を外し、襟元を掴んでいる手を上に上げ、男を無理矢理立たせる。それから掴む場所を襟首に変え、すぐ側まで歩み寄って来ていた人物を振り返った。
僕と男の瞳に映るは、一人の少女。
清流の如く美しい黒髪を靡(なび)かせ、夜空に輝く星のような虹彩が散った瞳が、二人の男を射抜く。薄暗いこの空間の中でも、まるで自身が太陽であるかのように煌めいて見える。
「雪原正介(ゆきはらしょうすけ)」
容姿に相応しい、澄んだ声が通る。誰もが耳を傾ける、繊細な声音。
「九月十二日から五日間、春日屋町で連続的に起こった火事。それらを起こしたのは貴方ね?」
それでいて、鋼の芯が一筋通った力強く、荘厳な声が僕の手が捕らえる男に向けられていた。
男は雅やかなその少女に見とれることもなく、化け物を見るような眼で彼女を見つめている。何も言わずにただ怯えるその姿は、腕を刺されたとはいえ、少し可哀想になってくる。
一方、刃物を連想させる鋭い眼光で男を見つめる少女は、返答がないことが気に入らなかったらしく、ローファの踵を大きく鳴らして、相手との間を詰めた。
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