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「黙秘権を行使するつもり?それともこの期に及んで、自分がやったのではないと言い張るの?」
男の頭一つ分下から相手を睨む少女。整った眉が乗る眉間に皺が刻まれた。
しかし、男は完全に恐怖に支配されているらしく、言葉を発することなく、ひたすら口を動かすばかりだ。心なしか、震えが酷くなっている気がする。
僕はじろりと男を見、少女に尋ねた。
「コイツ、ホントに連続放火魔なの?」
「間違いないです」間髪いれずに少女が答えた。「先生も見たでしょう?この男の鞄に入っていた地図と火炎瓶を」
そう言われ、頭の中の記憶を呼び起こす。脳裏に黒い肩掛け鞄に入っている、数ヶ所に×印が付けられた地図と、三本の火炎瓶らしき瓶が甦った。
少女は向けていた視線を男に戻し、言葉を紡ぐ。
「私は別に、貴方に犯行の手口や動機を訊いているわけじゃないの。貴方がやったかやっていないかを問うているのよ。それくらいなら、首を縦か横に振るだけでも答えられるでしょう?」
悪いことをした子供を諭す母親のように、彼女が男に問いかける。するとようやく、目に涙を溜めたまま黙りこんでいた男が微かに頷いた。
少女はそれを確認すると、双眸を再び険しいものにして問いかける。
「もう一度訊くわ。春日屋町で起こった連続放火事件は貴方の仕業?」
少女と僕が相手の反応を待つ。男は少しの間、視線を宙にさまよわせたり、下唇を噛んだりしていたが、やがておもむろに首を縦に振った。
彼女はそれを網膜に焼き付けるように一度瞼を下ろすと、「そう」と呟き―――
ブレザーの内ポケットから銀色に輝く拳銃を取り出した。
「―――ッ!?」
男が息を飲む。しかし、少女は気にした様子もなく、無表情のまま拳銃の弾倉を開ける。回転式になっているそこに、一発の弾も入っていないことを確認し、少女は男を視線に据えて言い放つ。
「雪原正介。―――『自首しなさい』」
そう言い、少女は赤い唇から舌を出した。それを見て、男が絶句する。
彼女の舌の上には、一発の弾丸。わずかに射し込む陽の光を受けて煌めくそれは、白銀という神々しい色から、普通の弾ではないということが容易に解る。
実際、普通ではない。
これもまた―――彼女もまた、『異常』だ。
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