序 某国某都市の異常者

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 世界は悪で満ちている。  らしい。  『らしい』という曖昧な定義で置いているのは、実際、僕自身がそう思っていないからである。  確かに、僕が居を構えているこの春日屋町(かすがやまち)は犯罪の温床となっている。一日に三十件もの罪が為されるこの町では、校舎の窓ガラスが割られるなんてのは日常茶飯事で、放火や強盗、窃盗も当たり前のように行われる。殺人は流石にそうそうないけれど、二か月に一回は起こっている気がする。  そんな町に住んでいれば、否応にも『常識』が狂うわけで。  夜間はおろか、日中でも外出するときは護身用の武器を常備するのがセオリー。徒歩で出歩けば引ったくりのターゲットになるため交通機関を常に利用し、自転車なんかは奪い奪われて最早レンタル状態なので基本的に持たない。換気しようと自宅の窓を開ければ空き巣と鉢合わせるから閉め切り、洗濯物は晴れでも屋内に干す。郵便物は例え新聞でも直接受けとる―――など、その他エトセトラ。  端的に言うと、他の町では当たり前に出来ることが、この町では当たり前に出来ないのだ。他の町から見れば『異形』としか言い得ないだろう。  町も人も、皆『異形』で『異常』だった。  ―――さて、今の一文で察しのいい方はお気づきになっただろうが―――そう、その通り。  犯罪の無法地帯のような春日屋町は、今はもう存在しない。それは『地図上に存在しない』とかマイナスな意味ではなくて、『危険な町ではなくなった』というプラスの意味である。言い換えると、『平和な町になった』。さらに言い換えると『普通の町になった』のだ。  何故そうなったのかは、この物語とも言えない小話の本題と絡むため、この先に記述するつもりなのだが、その前に少しだけ言っておきたいことがある。  『普通』と『異常』。どちらが世間には受け入れられるのだろうか。  僕はまだその答えを知らないでいる。明確な答えなどないかもしれないが、それでも僕は、この答えを知りたいのだ。知る必要がある。義務があると言っても過言ではない。  ―――僕は『異常』なのだ。周りは気付いていないが、明らかに僕は『異常者』だ。他の人より頭一つ分だけ飛び抜けている、『普通』と対極にある存在だ。  だからこそ、僕は知らなければならない。  『普通』と『異常』はどちらが受け入れられやすく―――どうすればお互いに共存出来るのかを。
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