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足に履いている健康サンダルが床を叩き、ペタペタともカツカツとも言えない奇妙な音が、まだ新しい廊下に反響する。
「今日は……えーと……33HRか……」
丁度よいサイズの白衣の裾を翻し、休み時間が終わりかけて人が疎らになっている廊下を颯爽と歩く。小さな欠伸をしつつ、小脇に抱えた出席簿を持ち直す。
途中、急いで自分の教室へ走っていく二人組の女子生徒とすれ違うと、彼を見た彼女たちが小さく囁き合った。
「ねぇ、今のって!」
「うん、間違いないよ!」
声量を抑えつつも、興奮したような声色で紡がれる会話。女子生徒たちは立ち止まり、何やら二言三言話したかと思うと、突然「きゃーっ!!」と大きな歓声を上げた。調度隣を過ぎようとしていた男子生徒が、びくりと肩を震わせる。
彼はそれらを一瞥し、何事もなかったかのように足を動かし続け、廊下の突き当たりの角を左に曲がり―――ようやく生徒たちの姿が消えたところで、深い溜め息を吐いた。
「二十二回目……」
すぐ目の前にある階段の手摺に寄りかかり、気分が優れないかのように呻く男。実際には体調は良好なのだが、顔を上げた彼の表情は、先程までのしっかりとしたものではなく、百メートル走を全力で走ったかのように疲労の色が滲んでいた。
男が左手を額に当て、悩ましげな表情を作る。眉間に皺が寄り険しい表情(かお)になるが、『怖い』というより、むしろ『カッコいい』という印象の方が先に来る表情である。
彼はその顔つきのまま、目指すべき教室が位置する三階へと続く階段を上り始めたが、すぐに足を止めてしまった。そして、己の目の前にあるそれを睨み付ける。
彼の前には一枚の姿見。縦に長い長方形のそれは、階段の踊り場に堂々と設置されており、階段を上ってきた男と、その周りの風景を写し出していた。
男は苦虫を噛み潰して飲み込んだような顔をし、正面に同じ表情で佇む自分を見つめた。
後ろで一つに結わえられたやや長めの黒髪。つり目気味の灰色がかった瞳に、黒縁の四角い眼鏡。身に纏っている白衣のあちこちには黄色いシミがついており、その下に着ている襟元が少々よれた黒いTシャツと相まって、あまり衛生状態がいい服装には見えない。同じく裾がぼろぼろに解れたジーンズを身に付け、茶色の健康サンダルを履いているその姿は、まるで医者がホームレスになったかのようである。
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