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少し垂れ気味の愛らしく大きな目。ほんのりと桜色に染まった頬。腰まで伸びる漆黒の髪は絹のようで、彼女が動く度に清流の如くサラサラと流れる。紺色のブレザーに赤のリボンが映える制服に身を包み、その袖口とスカートからは、雪のような白い肌が覗いていた。
その聖母のような美しさと、小動物のような可愛らしさを兼ね備えた美少女は、こちらを振り返ったまま微動だにしない白衣の青年を見つめ、にっこりと微笑んだ。
「年末先生。少しお時間を戴いても宜しいでしょうか?」
微笑みを湛えたまま、男に問いかける少女。その笑顔は誰が見ても、思わず見とれてしまいそうなほど優美だった。
しかし、彼女の目の前で硬直したままの『年末』と呼ばれた男は見とれるどころか、彼女からついと目を逸らした。
「あ、ごめん、僕、これから授業あるから」
「ご心配なく。直ぐに済む用件ですので」
青年の拒否に間髪入れずに返答し、少女は前で手を組んで笑顔を浮かべる。それとは対称的に、青年は引きつった笑みを貼りつけ、言葉を返す。
「でも、ほら、チャイム鳴ったし」
「問題ありません」
「生徒待たせてるし」
「少しなら大丈夫ですよ」
まるで心が読まれているかのように矢継ぎ早に返ってくる言葉に、彼は少女とは逆の方向に一歩後退した。彼の眼前で笑顔を絶やさない少女が酷く恐ろしく見え、思わず辟易する。
相手の威圧感に気圧され、男が押し黙っていると、彼女は小さく溜め息を吐いた。
「先生。先生は私が先生に会いにきた理由をご存知ですよね?」
少女の言葉に、男が小さく唸った。どうやら心当たりがあるらしく、視線が宙をさまよっている。わざとらしすぎるほどの図星だった。
少女は彼を視線に据えて続ける。
「お願いします、先生。私の要件に付き合っていただけませんか?」
彼を射抜く、彼女の真剣な眼差し。心の底から懇願し、嘆願しているかのような眼。余程頑固か無慈悲な人物でないと断れないような眼だった。
白衣の男は、脇に挟んでいる出席簿を持ち直し、困ったように眉根を寄せた。それから、何か口に出そうとして、何も言わずに閉じる。その動作を、あちこちに視線を飛ばしつつ、何度も行い、やがて意を決したように、男は口を開いた―――
―――のだが、それより数瞬早く、少女が言葉を切り出した。
「さて、十分経ちましたよ、先生」
「……へ?」
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