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少女の唐突な発言に、男の口から気の抜けた声がまろびでた。目を数回瞬かせ、首を傾ける。少女はそんな彼に柔らかく微笑みかけた。
「藤坂(とうさか)高等学校校則第三章第二条。『授業開始のチャイム後十分以内に、授業担当教師が授業に現れなかった場合、教師に如何なる理由があれども、その一時限は自習とする』」
彼女がよく通る声で言葉を紡ぎ終えると同時に、怪訝そうに首を傾げていた男が小さく声を上げた。そして、みるみる内に顔が紙のように白くなっていき、酸素の足りない金魚の如く口を開閉させた。
少女は柔和な微笑みを、不敵なものに変化させると、上履きの踵を鳴らして彼に歩み寄り、教室の引き戸にかけられている手をがっしりと掴んだ。その握力は彼女の見た目からは想像できないほど強く、男が逃れようともがいても決して剥がれない。
教室の中から、シャーペンが紙の上を走る音が聞こえてくる。それに混じり、ひそひそと小声で会話しているような声が耳に入ってくる。何を言っているのかはあまり聞こえないが、偶々その内の一言が彼の耳に届いた。
「ご愁傷様」
全くだ、と毒づきたくなった。
少女は憔悴しきったような表情の彼に功笑し、高らかに言い放つ。
「さぁ、参りましょう、年末先生!心配要りません!二秒で済みます!」
「その二秒で済ますのは、僕の役割なんだろ!」
「張り切って参りますよー!」
「おい、こら!話を聞け!ぼ、僕は授業があるんだ!離せぇっ!……に―――二階堂(にかいどう)おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
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