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案の定、再び男が僕の言葉に反応した。決め台詞のような発言だったが、言葉のチョイスが微妙すぎて決まっていない。残念賞以下である。
相手はどうやら僕がもうすぐ死ぬと思っているらしく、上機嫌そうに手の中のナイフをくるくると回している。だが、医学知識の殆どない僕でも分かる。この程度の出血量じゃ人間は死なないぞ。
悦に入っている男に視線を置いたまま、無事である右手を白衣の下のベルトに伸ばす。正確には、ベルトに付けたホルダーに手を伸ばしたのだが、奴はそのことはおろか、僕が左腕の傷口から右手を離したことすら気付いていないようだ。
そのまま腰のベルトをまさぐり、お目当てのものを探す。やがて男がべらべらと何やら語り始めれば、ようやく探していたものが指の先に触れた。それを掴み、いつでも引き抜けるように準備をして、タイミングを見計らう。
しかし、男は自分の世界にトリップしてしまっており、正直なところ、タイミングなんて見計らわずとも問題なさそうだった。
僕は警戒した自分が馬鹿みたいに思え、溜め息を吐く。
「……もういいかな」
「あ?何か言ったか、糞ガキ?」
男がこちらの世界に帰還した。耳がいいのか悪いのか分からない奴だな。そのまま自分の世界に飛んで、戻ってこなくともよかったのに。
いや、それより。
この男は今、僕のことを何と呼んだんだ?僕の耳が正常であれば『糞ガキ』と呼ばなかっただろうか?
全く、僕のどこが『糞ガキ』なんだ。成人式はとっくの昔に終えてるし、身長だって一般男性の平均より高い。顔も童顔ではないし、はて、この僕のどこに『ガキ』の要素があるのだろう。一度、眼科検診でも受診した方がいいんじゃないか?
先刻までは湧き上がらなかった怒りがふつふつと込み上げ、自然と右手に力が入る。男は殺気を渦巻かせる僕の様子には一切気付かず、もう一度同じ単語を口にした。
「何とか言えよ、糞ガキ!」
プチリと、何かが切れた音がした。
僕は嘆息し、年齢の判断も出来ない馬鹿な男をちらりと見やった後、掴んでいたホルダーの中身―――ゴム栓がされた試験管とジッポライターを男の眼前に投げつけた。
「うおあっ!?」
男が驚愕の声を上げて仰け反る。そして手に持っていたナイフを試験管に投擲しようと構えたが、それより早く、僕が大声で叫んだ。
「×(ばい)4、『爆ぜろ<<Explosion>>』!!」
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