序章-アラクノフォビアとコンバットナイフ

5/6
1011人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
 恐怖で凍結した脳に響く音。聞き覚えがある音が聞こえた気がして、反射的に顔を振り上げる。  当然そこにあるのは、無機質な8つの瞳。  赤い光りが動いた。  その瞬間。奇跡が起こった。  コンバットナイフを見下ろして、非現実的な光景を見上げて、コンバットナイフを見下ろす。そんなローテクなロボットなみに制限された行動しか取れなかった俺の体が、反転したのだ。  きっかけを掴んだ俺は止まらない。力の限り地を蹴って、なりふり構わず走り出す。これまで経験したことのない常軌を逸した恐怖に心臓の鼓動まで止まってしまうくらい固まっていた体だが、今は全力で四肢を振って走る。止まっていたはずの心臓の鼓動がやけに煩い。心音だけが世界を満たしていく。  怖過ぎて後ろを振り向けない。怖い。瞼の裏には巨大な蜘蛛が8つ足を地に縫い付けて追ってくる姿が映る。怖い。今にも背中に牙が突き立ちそうなイメージが脳に落ちる。怖い怖い怖い。怖い。  あれは蜘蛛じゃない。化け物だ。人間より大きく、人間を捕食する生物なんて獅子か熊か鮫しか地球上にいるわけない。そのどれでもないあの蜘蛛は、化け物に違いない。  化け物に銃弾や、まして刃長20センチ程度のコンバットナイフが敵うはずがない。  必要なのは、一つ目の怪物や角の生えた亜人を葬る身の丈ほどもある巨大な剣だ。  名刀と評されるような、聖剣と謳われるような、魔剣と恐れられるような、神剣と崇められるような、伝説の剣がいる。  そんな剣じゃないとあの化け物を倒せない。どこのファンタジー世界から飛び出してきたか知らないが、剣と魔法を駆使しなければあんな化け物倒せない。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!