第四章-ハッピーエンドとエクスカリバー

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 分かってる。  この場で死ぬべきなのはカスミ。人類の敵であるカスミなんだ。カスミを殺したい。正義感なのか人としての本能なのか、確かな殺意もある。  でも、それでも俺は。 「好きな人には死んでほしくない。責任取れなくてごめん。だから俺を喰え、喰って生きろ。カスミ」  俺の腕を握るカスミの手に力が入った。マカの中肢を握り潰した握力は万力の如く俺の腕を締め上げ、あ、折れた。  力の入らなくなった手が垂れ下がり、引っ張られるがままに牙が生え揃う凶悪な口腔へ放り込まれる。  中指と人差し指をくわえるように口が閉じ、歯が皮膚を突き破る痛み。満身創痍でどの痛みがどの箇所の痛みなのかも分からない。痛い。死ぬ。  指先に生温く柔らかいものが巻き付き、痛みに紛れて擽ったい感触。傷口の痛みを取り除くような触感が指を這い回る。 「カスミ?」  閉じていた口が開かれると、中指に絡む可愛らしい舌が見えた。歯が食い込んで出来た傷から血がにじむと、空かさず舌が舐めとり治療するかのように患部を撫でる。 「食べるわけないじゃんか」  指を離して、閉じた口が綺麗な三日月を作る。鋭利な牙が飛び出て、目が8つもあるが、それでもカスミの笑顔は素敵だ。 「恋人を、食べるわけないじゃんか。カイト、好き」 「俺も、好きだ」  視界が霞む。白い光りが世界を包み込み、暖かい温もりが体を抱く。  誰かに抱き締められているような安心感と、誰かを抱き締めているような充実感が気持ちいい。  痛みがじんわり引いていく。空を飛んでるような清々しい気分だ。水面に浮かぶような浮遊感と、地に足のついた安定感を同時に覚える。  頭の中で話し声がする。一番聞きたい人の声がする。多分彼女の頭の中でも俺の声がしてる。  2人が一体になっている。俺が彼女で、彼女が俺だ。彼女の考えが分かり、全く一緒の俺の考えが相手に伝わる。  世界の全てが輝いて見せた。2人しかいない世界が白く輝く。  2人で輝きの向こう側に飛ぶ。  今なら世界を思うがままに出来る気がした。  目と鼻の先にいる触角の無いカマキリの偽瞳孔と目が合う。  次にその下に這いつくばるミオと目が合った。  血生臭い匂いが鼻腔を突き、埃がまばたきを強要する。口の中では鉄の味が広がっていた。
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