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8月1日、アタシの16歳の誕生日に、センセは婚姻届を持って来た。
親まで説得したんだから、
冗談じゃないことは解ってたし、
覚悟も決めてたけど、
センセの本音がどこにあるのか、やっぱり気になって、アタシは聞いた。
「何でアタシと結婚しようなんて思ったの?」
「あなたを愛しているからに決まっています」
……だから、信じられないんだってば、その理由だけは。
でも、アタシは陽平の赤ちゃんを、幸せな環境で産んで、育てたい。
だからもう、センセの『理由』はいいや。『決心』さえ変わらないなら、それを利用して、この計画、実行してみせる!
「センセ、ホントに、本気で、マジなの?」
センセは頷いた。
アタシは腹を括った。
「……じゃあ名前、……ここに書けばいい?」
署名して、印鑑を押して、婚姻届をセンセに渡した。
「はい、センセ。
ふつつかな妻と赤ん坊ですが、これから宜しくお願いします」
「こちらこそ。
嬉しいです、あなたが承諾してくれて。
学校は休学して下さいね。子供を産んで授乳期が済んだら復学できるように、話を通してありますから」
「はぁ。相変わらず、有無を言わせない手際の良さだね、センセ。…!!…ってか、ちょ、学校にバラしちゃったの!?」
「ええ。妊娠を隠したまま学校に通って、あなたと子供にもしものことがあったら、どうするんです?
ついでに僕も、スッパリ辞表を出して来ました」
「えっ!!」
「当然です。僕は生徒に手をつけたのですから。
ああ、心配しないで下さい。暫くは貯金でしのげますし、仕事もすぐに探します」
センセはこともなげにそう言って、婚姻届を持って立ち上がった。
「ではこれは、今から市役所に提出して来ます。
来週、引っ越しが終わったら迎えに来ますから、あなたもそれまでに準備をしておいて下さいね」
「準備?って何の?」
「?僕の所に来る準備です。身の回りの物の荷造りとか。これから一緒に暮らすのですから」
「……ええぇっ!?」
ちょ、待って!
籍入れるだけじゃないの!?
「なぜそんなに驚くのですか?あなたは僕の妻なんですよ、今日から」
婚姻届をヒラヒラさせながら、センセは真顔でそう言った。
アタシはこの時、陽平の死んだ日以来ようやく、本当に目が覚めたような気がした。
どこか頭の中だけの世界の出来事だったセンセのプロポーズが、初めて現実としてアタシを直撃した。
「……ええぇっっ!?」
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