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冬が来て、アタシのイライラはかなり治まっていた。
マタニティー・ブルーって奴だったのかな。
落ち着いたせいか、よく陽平の夢を見る。
夢の中でくらいイチャイチャしたいのに、陽平ときたら、いっつもケンカしたり、アタシから離れて行こうとしたり、意地悪ばっかり。
その夜の夢は最悪で、アタシの目の前で単車で事故って、死んでしまった。
悲しくて悔しくて、泣き叫んで……飛び起きて、夢だって気がついた。
隣のベッドのセンセが、驚いた顔で私を見つめてて。
そしてふっ、と笑う。
「眠っている時は素直ですね」
アタシは自分が泣いてるのに気づいて、慌ててパジャマの袖で涙を拭った。
「僕では頼りになりませんか?」
センセはアタシのベッドに腰掛けて、アタシを抱き寄せた。
キスやハグには慣れて来て、もう大抵はされるがままのアタシ。
何だか、安心するんだ。
陽平、ごめんね?
「眠れそうですか?」
素直に頷きたくなくて、
もう少しこのまま大きな胸に寄りかかっていたくて、
首を横に振って、センセの背中に腕を回した。
アタシの背を撫でるセンセの手が、止まる。
センセ、困ってる?
アタシがしがみつくのは、迷惑?
意地になって、もっとしがみついたアタシの顔を覗き込んで、センセは言った。
「目を閉じておいで。
陽平君だと思えばいい」
センセの唇が、アタシの瞼を閉じさせて、そのまま唇に降りて来た。
それは、長い時間だった気がする。
センセは初めて、アタシに深いキスをくれた。
プロポーズの時のような激しさはないけど、
暖かくて、優しくて、緩やかに心が溶けるような、慈しみのキスを。
アタシは力が抜けて、ふわふわ漂っていた。
陽平だなんて思えるはずないよ、センセ。
見た目よりずっとがっしりした身体も。
匂いも。
アタシへの触れ方も。
キスの仕方も。
目を閉じてたって、全部、全部違うんだよ?
センセ。
誰にでもこんなキス、するの?
違うよね?
だってセンセ。
『大切』って気持ちが流れ込んで来るよ。
気のせいじゃない。
センセの中で、アタシは『女』じゃないかもしれない。
けどアタシはセンセの特別なんだって思って、いい?
アタシは泣きたくなった。
アタシ、センセが好きだ。
……好きなんだ……。
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