Happy Birthday.

2/7
前へ
/25ページ
次へ
「…んーっ!!……はぁ……はぁ……んーっ!!……」 あなたは僕の腕を、痣になるほど握り締めて、いきんでいる。 「はい、力抜いてー」 束の間の和らぎに、荒い息のあなたを抱き締め、口移しで水を飲ませ、背中を擦る。 もう何度繰り返しただろう。 朦朧とした目に、それでも強い意志を宿して、あなたはまた、立ち向かう。 「はい深呼吸ー、……いきむ!」 「んーっ!!……はぁ……はぁ……んーっ!!……」 「はい、力抜いてー」 「……やだ。もうヤダー!! センセのバカー!!アホー!ヘンタイ!!エロ教師ー!!」 看護師さん達が笑っている。 僕の腕の中で、真っ赤に上気した顔でゼイゼイ言いながらも毒づくあなたの、背を撫で、汗を拭ってやりながら、さすがに決まりの悪い僕は、あなたに声をかける。 「もう少しですよ!園城寺さん!」 「……園城寺じゃないもん!安岡だもん!!」 「え…」 「センセのバカ!ニブちん、スットコドッコイ!! 大っ嫌い!!……いっ!たた……」 「あはは……はいその元気、赤ちゃんに分けてあげますよー、深呼吸してー……いきむ!」 「んあー!!……はぁ……はぁ……センセ……」 「声出さない!深呼吸ー、……いきむ!」 「んーっ!!……はぁ……はぁ……んーっ!!……」 「……陽子……。 陽子しっかり! 陽子、もうちょっとです!」 僕はあなたの名前を叫んでいた。 陽平君と同じ呼び方をするのが嫌で、ずっと教師時代のまま、名字で呼び続けていたのに。 彼とは違う『僕』をあなたに感じて欲しいと、どこかで思っていた大人げない僕の、最後の抵抗だったのに。 「頭見えて来ましたよー、深呼吸してー、もうひと踏ん張り、いきむ!」 「んーっ!!……」 「陽子……陽子、………」 牧師の家に生まれて、毎日聖書の一節を聞いて育ちながら僕は、 一度も神を信じたことなどなかった。 神に真摯に祈ったことなどなかった。 でもこの時僕は、心から祈っていた。 出産教室で得た自分の知識など、所詮机上の空論だ。 大いなる自然の営みの中に神が存在するというのならば、 僕に出来ることは、今はもう、祈ることだけだった。 『どうか無事に……!』 「……ほぎゃー……」
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加