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「おめでとうございます、女の子ですよ。
お父さん、ヘソの緒、ここをこれで切ってあげて下さい」
茫然としていた僕は、看護師さんの声で我に返った。
いや、まだ茫然としたままだったかもしれない。
「えっ……大丈夫ですか?
切っても痛くないですか?」
馬鹿なことを尋ねてうろたえる僕に、看護師さんが微笑んで言う。
「お父さんが、赤ちゃんを一人前の人間にしてあげる、大切な儀式ですよ」
僕は、あなたとまだ繋がったままの、小さな人を見る。
……真っ赤だ……ああ、だから『赤ちゃん』なのか……。
看護師さん達は、赤ん坊を手際良く処置して、僕を促した。
「お母さんの所に連れて行ってあげて下さいね」
僕は怖々とその赤ん坊を抱き上げた。目も鼻も口も手の指も、こんなに小さいのに、ちゃんとついている。
不思議な思いで見つめていると、あなたが声を上げた。
「センセ、早く~!」
「あ……すみません」
「えへへ。初めまして~ママですヨロシク~」
疲れ果てているはずなのに、あなたはすっかり強かな母親の顔をして、赤ん坊を見て微笑んだ。
「センセも、陽向にご挨拶しなきゃ」
「え……僕は……」
「ほら、早く~。
陽向ー、パパですよ~ヨロシクね~」
僕はその時やっと、意識を取り戻したのだろうか。
それともまだ朦朧としていたのだろうか。
冷静な頭とは逆に、急に涙腺だけが弛んで、それからただただ涙を流し続けた。
なぜか止まらなくて、あなたの処置が終わってもまだ泣き続け、
あなたにも看護師さん達にもからかわれながら、そのままあなたと共に分娩室を後にした。
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