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あなたは時々、陽平君の夢を見て、夜中に急に目を覚ます。
平静を装うあなたの背を、髪を、撫でて抱き締めてやると、
暫くの後『えへへ』とバツ悪そうにあなたは笑って僕の腕から抜け出し、何事もなかったかのように、また眠りにつく。
あの夜も、あなたは彼の名を何度も呼んで、飛び起きた。
頬を涙で濡らして。
雪が音もなく降りつのる、冬の初めの夜だった。
あなたの涙を見たのは、彼が死んだあの夏の日以来だった。
僕はいつものように、あなたを抱き締めて、背を撫でた。
本当に、最初はそれだけのつもりだった。
いつもは、されるがままに僕に抱き締められながらも、決して自分からは僕にすがることのないあなたの腕が、その夜はなぜか……。
おずおずと僕の背中に回り、その手がきゅっと僕のパジャマを握り締めた。
彼を思って未だに涙を流しながら、それでも僕を受け入れようとする。
そんなあなたがいじらしくて、可愛くて仕方なかった。
あなたが誰を思っていようが構わない。
何かしてやりたかった。
でも、快楽を求める恋愛しかして来なかった僕が思いつくのは、
身体を慰めることくらいだった。
「目を閉じておいで。
陽平君だと思えばいい。」
僕はあなたの瞼を唇で塞いで、そのままゆっくりと、あなたの唇に滑り降りた。
浅く、深く、ゆったりと、幾つものキスを繰り返した。
それまでの僕は、妊娠中のあなたに余計な負担を与えたくなくて、コミュニケーション程度の軽いキスしかしてこなかった。
深くなってゆくキスに、あなたは最初、身を固くしていたけれど、
ゆっくりと何度も繰り返すうちに、少しずつ身を解いて、僕に応えようとしてくれた。
躊躇いながらも僕を受け入れ、ぎこちなく求めてくれるあなたが、堪らなく愛おしい。
あなたの息が上がると、暫く、ただ抱き締めて背を撫でる。
そしてまた、唇を重ね、ゆったりと交わる。
身体を繋がなくても、キスだけで融け合うように満たされることがあるのだと、僕は初めて知った。
永遠にこの時間が続けばいいと願った。
名残惜しい唇を離し、もう一度あなたを胸に抱いて、
僕は幸福な余韻に浸った。
僕の胸に額をくっつけて、じっと俯いていたあなたは、
消え入りそうな小さな声で、ぽつんと呟いた。
「……陽平、…ごめん」
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