お父さんの独り言

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彼を思いながらも、僕に身を任せてしまっていることが、きっとあなたを苦しめている。 僕といるのがつらい? もう、嫌になった? いつかはその日が来ると、覚悟していた筈なのに。 あなたの中に彼がずっと生き続けるのを承知の上で、 それでもあなたを絶対に手放さないと、僕は決めた筈なのに。 あなたのその呟きは、僕に、 もっと深い温もりを、 もっと確かなあなたとの絆を、 欲しいと思わせた。 あなたと身体を繋ぎたい。 心を繋げられないのなら、子供が生まれる前に、せめて身体を。 そうすれば僕は、少しは彼と対等になって、 『父親』にだってもう少し、近づけるかもしれない。 いや、あなたから彼を消し去りたい。 僕自身を感じて欲しい。 子供じみた嫉妬が、僕を駆り立てた。 彼ごとあなたを受け止めると決めたのは、他ならぬ僕自身なのに、 僕はどこまでも自分勝手に、またあなたを騙そうとしている。 すまない。――でも。 安定期に入っているから。 圧迫しないように注意すれば、大丈夫な筈だから。 僕を許して欲しい。 受け入れて欲しい。 僕は、何かに傷ついたように顔を歪めているあなたの瞼に、そっと唇を落として。 そしてもう一度言った。 今度は祈るように。 僕のやるせない嘘を、今ではないいつか、あなたが気づいてくれるように。 「目を閉じておいで。 僕を陽平君だと思って。」 そうしてその夜僕は、初めてあなたを抱いた。 大きなお腹に不釣り合いな、まだ大人になりきらない青い身体。 少し強張った表情。 僕は、彼にはあり得ないような卑怯な大人の手段にものを言わせて、 微かに怯えと抵抗を見せたあなたの、 身体を開かせ、 心を、封じた。 自分の手の罪深さを、あなたへの慈しみ全てを一緒に注ぎ込むことで、紛らわせながら。 雪の白さが、僕の行為を少しでも清らかに浄化してくれることを、願いながら。 降りしきる雪が、全ての音を吸収して広がる、静寂な夜。 その中に、あなたの吐息が甘く響くたび、 狡い僕は、安心した。 この後に必ず僕を襲うであろう後悔を、 解っていながら、 その一瞬だけ、蓋をした。
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