第一章

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僕の家族に、お父さんはいない。 物心ついた時には既に、お母さんと二人暮らしをしていた。 家の中には仏壇も遺影も無いため、死んだわけではないのだろう。 きっと、お母さんとお父さんはお互いが嫌いになって離れ離れになったんだと思う。 いつかの父の日、お母さんに「そういえば僕には、お父さんがいないね」と言ったら、お母さんは僕に見せていたさっきまでの優しい顔を後ろにして、代わりに背中を見せた。 お母さんは泣くとき、いつも僕に顔を見せないようにしていた。 だから、きっとこの時、お母さんは泣いていたんだろう。 大好きなお母さんが泣いていると感じたその時の僕は、これからは絶対にお父さんのことをお母さんに話さないと決意した。 顔もわからないお父さんの情報より、大好きなお母さんを泣かせないほうが大切だったからだ。 だから、お父さんのことは憶測でしか考えられないけど別にどうってことはなかった。
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