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次の日、加藤駿はまた、彼女に話しかけることが出来なかった。
きっと、彼女は傷ついたのだ。あの男は、彼女を助けたのではなく、逆に彼女を傷つけたのだ。
これでなおさら、彼女に話しかけることが出来なくなった。
もう、それで良いのかもしれない。ただ、彼女を見つめるだけで、それだけで、良いのかもしれない。
それからしばらく経ったある日。折しも、加藤駿の高校二年生の最後の日。
バスはいつものバス停に止まり、いつものように、あの音が近づき、そして通りすぎる。
いつもと違うのは、今日の彼女はリュックサックを背負っていることだった。
しかもあろうことか、そのチャックは全開で、何の冗談か、教科書が一冊、加藤駿の足下に落ちてしまった。
目が見えないからだろう、ミミズが走ったような字で
三年・橋本 唯
そう書かれていた。
「三年…まさか、今日で高校最後の日?」
盲目の彼女が普通の高校に通っているはずはない、それは分かっているのだが、何故だろう、今日が過ぎてしまったら、もう二度と彼女に会えない気がする。
「待って!!」
周りなんてもはや気にならない。この声が彼女に届いたなら、それでいい。
彼女は振り返り、虚ろな眼で此方を見つめ返した。
「教科書が落ちたよ…橋本唯さん…」
言ってしまった。彼女に話しかけてしまった。
彼女を、傷つけてしまった。
そう思ったが、彼女は手探りで教科書を受け取り、にっこりと笑った。
「ありがとうございました」
気づけば彼女は目の前から消えていた。
春休みが終わり、三年の初登校日、同じ時刻、同じバスに、加藤駿は乗ろうとしていた。
冷たい春風が靡く。バスのドアはゆっくり開き、加藤駿は中に入った。
いつもの後部座席に目を運ぶ。
そこに、彼女の姿はなかった。
やっぱりか、そう思い、笑顔混じりのため息を吐いた、その時、背後から、頭を心酔させる単発な音が奏でられた。
加藤駿は、ハッとなり振り向いた。
バスの中で奏でる音は
完
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