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寛永12年冬、世に言う、天下分け目の「関ヶ原の戦い」から35年が過ぎていた。
徳川幕府三代将軍の徳川家光の治世。
過去の戦乱の日々を、人々は忘れようとするかのように平和を享受していた。
「あぁ…いい天気だな。」
端正ではあるが、あまり目立たない顔立ちの若者が、頭上に広がる青空を見上げながら呟く。彼の腰には刀が差してあり、武士だと言うことが分かる。
今の江戸は、人が増え、何か空気全体がガヤガヤとしていた。皆、数十年前の乱世は自分たちには関係ない。やっとやって来た平和を謳歌しようとしてるようだった。
騒がしい江戸の街を若者はゆったりと歩を進め、「辰屋」と書いてある一膳飯屋に入っていく。
「水品先生、こんにちは。」
水品と呼ばれた若者は、声のする方に振り向くと、若い娘が笑顔でお盆を持った手を振っている。
「やぁ、お千ちゃん。相変わらず元気がいいな。」
お千に笑顔を向けながら、腰の物を外して奥にある小さな座敷の席に着く。
「元気だけが取り柄だもの。先生みたいにヤットウが取り柄じゃ、うちなんか直ぐに潰れちゃうんだから。」
お千は笑いながらお盆を小脇に抱え、刀を振る真似をしている。
ヤットウとは、庶民の間での剣術の事である。
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