■「もふもふ。」

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 長い間、その場から動かずにじっとしている。頬を撫でる柔らかな風や、磯の匂いに心身を委ねる。流れの速い雲に思いを馳せ、ちょっとだけ鳥に焦がれたり、木々のささめきに耳を傾けながら、大抵の場合、私はひとりでその時間を過ごす。  時折、誰かの来る足音が聞こえたりするけれど、私には気付かない。私も、人と関わるのは苦手だから、さり気なく場所を移したり、とにかく、誰とも会わずに過ごすことにしている。本能的な『逃げ』だ。  だから、これは、ひとりの時間だ。  ひとりぼっちでする思索だ。  ちなみに、場所としては荒涼として殺風景に見えるけど、なんだかんだで海を見るなら絶好のロケーションだと思う。  視界は広く開けていて、水平線をどこまでも見渡すことができる。岩場には背の低い草と枯れ木が並んで、冷たい風に吹かれている。少しだけ離れた岬には、小さな灯台の廃墟が佇み、今もなお、遠い海の果てを見つめている。あそこは、たまに人が立ち入る気配がある。きっと、子供の遊び場か何かにされているのだろう。  道路からだいぶ奥まった場所にあるこの岩場は、言わば私の秘密基地のようなものだ。何もないけど、だからこそ安息がある。私にとっては、そんな場所。  だから、よく訪れる。  とりとめのない思いを巡らせ、誰にも邪魔されずに過ごせるから。  あらゆるしがらみから隔絶された、喧騒とは無縁のテリトリーだから――――。  その場所は私にとって、隠れ家のそれに極めて近い、愛着と安らぎに満ちていた。  
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