文章基礎講座ー視点編ー

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 長かった休日も終わりに近づき、すっかり暗くなった空を眺めながら俺と彼女は帰路の電車に乗った。  時間が遅いからだろうか、人の見当たらない車内の席に二人ぽつんと座り込む。発車のアラームがホームに鳴り響いたのち、扉が閉まりゆっくりと電車が発進した。  ガタンゴトン、ガタンゴトン。  電車の走る音だけが耳をつく。なんとなく間を持て余している気がして、隣の彼女に声をかけようと目を向けた。  深く俯くように下を向いた顔。暗い茶髪の隙間から覗き見える閉じたまぶた。耳をすますと、微かに聞こえる静かな寝息。  最初、気にせず起こそうかと思った。普段、はつらつでいたずら好きな彼女のことである。起こしたところで怒りはせず、寝てる間に何かしたんじゃないか? などとくだらないことを言って、場を盛り上げてくれるだろう。  けれども。  その安らかであまりに無垢な寝顔を見てしまうと、途端に穢(けが)してはいけないような、そんな気がしてならなくて。  何より、そんな感情を抱いたことのない彼女に対してそう感じた自分が、なんだか恥ずかしく思えてしまって。 「まったく……抜け目がないんだか、隙だらけなんだか」  本当に、ズルいやつ。  結局、あまり心地いいとは言えない椅子の感触を確かめながら、窓の外の景色を眺めるに落ち着いてしまったのだった。
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