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「そう。頑張ってね。それと毎度毎度、庵を連れ出してくれてありがとね」
「何回目ですかその台詞」
小夜さんが、僕と寝ている庵の前でよく言う台詞だった。
「急ぎ?」
「いいえ。『庵には多分、急ぐなんて概念はありませんよ。』って話したら納得してくれましたから」
「あらあら、それはある意味大変ね」
僕は、小夜さんの言葉の意味がよく分からなかった。
「それじゃ、がんばってね」
そう言うと、小夜さんはふわりとミントの香りを靡かせて出て行ってしまった。多分、僕らに相談を持ちかけてきた人は待っていてくれるだろう。とは言え、そろそろ急がなければならない。
さて、庵を―この怠惰の塊を―起こさねばならない。
「起きて、庵。朝だよ」
とりあえず、声だけかけてナチュラルに起こしてみる。身じろぎすらしない庵だが、これはいつものことだ。
仕方がない。今回は時間がないから、いきなり最終手段だ。
僕は、最終手段として庵の机の上にある音楽再生用プレーヤーを手に取って、曲をセレクト。イヤフォンを彼女の耳元に持っていく。
スタートボタンを押した。
A―――
最初にオーボエのAの音、つまりラの音が流れる。
枕の上の顔が、少しだけ動いた。
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