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人がいる場所で珍しく、窓もドアもない。トムの店リーガルは、霧のような、きめの粗い明かりで闇夜と戦っていた。
皇甫は、光に誘い込まれるようにドア穴に入っていった。
「いるか」
「待ってたよ」
声が返ってきたことに幾分ほっとして、独りきりの夜道に心細くなっていたことを知る。
タトゥーもとい、トムは昼間訪れたときと同じように、カウンターの向こう側に鎮座したいた。昼間との違いは、皇甫をみとめて、にっと歯を不十分な灯りに浮き上がらせたことと、
「夜は客がいないんだな」
皇甫は、静けさが満ちた店内を、昼間と同じ調子で歩き、カウンターに座った。
「いつもはいるさ。何か飲むかい」
「水を一杯。今夜はどうした」
うちは水飲み場じゃねえんだぞ、と苦笑いしながらも、トムは瓶のコルクを抜く。
「聞きたいことがあるんだろう? 他の客にかまけて、反対の脚も撃ち抜かれたら堪らないからな」
水をグラスに注ぎ、皇甫の目の前に滑らせた。
「わざわざ人払いしてくれたのか。悪いな」
トムは、もうひとつのグラスに水を注ぎ、コルクを叩いて栓をする。
「驚いた。そんなクチもきけるのか」
「失礼だな。欺くつもりがないときは、俺はいいやつなんだ」
「たいていのやつはそうだろ」
ほんと変な野郎だよなと、笑いながらかかげたグラスに、皇甫がグラスをあてる。
「脚を撃ったやつと乾杯するお前に言われたくない」
「だからだ。脚を撃った野郎なのに、ふと気づいたら乾杯してる」
「自分の頭の弱さを俺のせいにするな」
皇甫は、ゆるめた口にグラスをあてる。見る者の視線を縫い付ける口元である。トムも例にもれず、茫然と皇甫の口元を見つめ、どうしてか嬉しくなって水の入ったグラスを煽った。
「で、聞きたいことってなんだ」
コツリ、皇甫がカウンターにグラスを置いた。
「砦」
砦、とトムは口の中で反芻する。
「砦がどこにあるかわかるか」
「砦を目指しているのか」
「このご時世、それ以外に目指すものがあれば、ついでにそれも教えてくれ」
「あれば俺も知りて――」
「伏せろ!」
皇甫が声を荒げたと同時に、トムのこめかみを銃弾がかすめた。
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