86人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
アニーが店内に滑り込んできた。即座にコンクリートの壁に背をつけてへたり込む。
「コースケ! コースケ! いたら返事して!」
返事をする気配のない皇甫を、トムが「おい」と促す。皇甫はため息をもらしながら肩をすくめ、
「いない」
そんな皇甫の返事は歯牙にもかけず、アニーは怒鳴り声を上げる。
「置いていくなんてひどいわ!」
「連れ立ったつもりはない」
「なによそれ!」
「部屋に置いてきたつもりだった」
旅先の荷物みたいな言い方だな、と呆れるトムに、皇甫はついでのように呟いた。
「旅先の荷物は追っ手を引き連れてきたりしない」
「あいつら、勝手についてきたのよ!」
「お前もな」
「最低!」
アニーは、手に持っていたコルト・ガバメントを口にくわえ、床を這ってカウンターの裏に移動する。
「大丈夫か」トムはアニーに手を差し出す。「お前もジオから逃げてきたのか」
「ありがとう。トム」
唾液で濡れたガバメントをタンクトップの胸で拭う。
「逃げてないわ。玄関から堂々と出てきたもの」
「派手に?」と、ため息まじりにトム。
「なんで知ってるの?」
「お前もか……」
「そんなことより、トム! このサイテー男をぶん殴っていいかしら」
「ぜひそうするべきだと思うが、今は待て」
と、アニーを片手で制して、われ関せずといったふうに外の様子を伺う皇甫に向き直った。銃弾の嵐が静まるのを待って、トムは口を開く。
「これからどうするんだ」
「砦までの道筋を教えてくれ」
「道筋ったってなあ、二十五マイルはあるぞ」
「それがどうした。問題あるとは思えない。ついでに、この街でどんぐりを敵に回して、健やかに暮らせるとも思えない」
「それは俺もそう思うよ」
「あと二、三分もすれば、やつら、ここに乗り込んでくるだろうな」
「……俺もそう思うよ」
「そういえば、まるで敵に回されたかのように集中砲火あびてるここって、お前の店だったな」
「俺もそう思うよ! 一体だれのせいだ! ああもう、わかったよ!」
喚いて、トムは、カウンターの引き出しを漁る。
「裏から出る」
と、立ち上がろうとするトムの腕を取って、皇甫が自らの肩に回す。
「脚の具合はどうだ」
「見ての通りだ」
「二十五マイル走れそうか」
トムに肩を貸し、片足を引きずる速度で歩きながら平然とのたまう皇甫に、トムは小さく笑った。
「片道ならな」
最初のコメントを投稿しよう!