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 視界の最奥で光が生まれ始めていた。白んだ空にろ過された光は、ハイウェイを薄紫に染め上げる。 「夜が明けた」  皇甫があくびまじりに呟いた。アームレストにもたれてフードの下に隠れて目を細める。 「あんなもの、ただの宣伝文句だ。真に美しいものはどこで拝んでも等しく美しい」 「ふうん……?」  ドライバーズシートのアニーは、眠たげに目をこすりながら曖昧に返した。トムはすでにナビシートで舟をこいでいる。 「独り言だ。さすがにここまで離れればもう大丈夫だろう。すこし休もう。アニー、よく頑張ってくれた。ありがとう」  アニーは驚いて、ひく、と、しゃっくりのような音を喉から漏らして、深くブレーキペダルを踏みこんだ。黒い車体は性急な司令に激しくいななき、急停止する。皇甫はナビシートのヘッドレストに、トムは可哀相にフロントガラスに激しく頭を叩きつけた。 「いってえ……なんなんだよ!」  アニーは、額をさするトムを引き寄せて、 「コースケの頭がおかしくなっちゃったの!」  はあ、と首を傾げるトムに、 「二時間ほど休む。そのまま寝ていろ、トム」  と、皇甫は淡々と告げる。 「な、なななななによ。一体どうしたって言うの? ねえコースケ熱でもあるんじゃないの? もしくは死ぬの? ねえ、死んじゃうの?」  悪い奴の死に際みたいと言って、とアニーは顔を青くする。 「失敬な」皇甫は不機嫌に口元を歪ませて、車窓に視線を投げた。「いいから寝ろ、馬車馬」 「言うに事欠いて馬車馬ですって!? 怒った! もう許さない!」  後部座席に身を乗り出して腕を振り回すアニーを、皇甫は鼻で笑う。 「すまん。間違えた。大人しく寝ろ、暴れ馬」  ムキィイイイイ、と、アニーはさらに激しく腕を振り回し、ついには、リアシートの下に頭を突っ込むようにして落下した。 「斬新な席移動だな」 「見てないで助けなさいよ!」 「お前、生まれついてずっとアニーか?」 「バカなこと言ってないで助けてよ!」 「ひょっとして記憶をなくしたり、操作されたりして、整形――」 「ごめんなさい私が悪かったから助けてお願い!」  アニーは、ルーフに向けてにょっきり生やした脚をばたつかせて泣き叫ぶ。 「よろしい」  鷹揚に頷いて皇甫は、足元にはまったアニーにようやく手を差し伸べた。
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