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「もう、ほんと最低。女のプライドズタズタにするわ、か弱いレディーを部屋に置いていくわ、いない振りしようとするわ、車から蹴り出そうとするわ。どう育ったらそこまでねじまがった性格になるわけ?」
「だったら離れろ。暑い」
ぶつぶつ文句をいいながらもすり寄って肩に頭を持たれてくるアニーを、皇甫は面倒くさそうに押しのける。
「暑かったらその埃っぽいコートを脱げばいいじゃない。脱いで私にかけてくれればいいじゃない」
「断る。退け」
「嫌よ。意地悪」
押しのけられてずり落ちた頭は、皇甫の膝の上で落ち着いた。
「ねえ、コースケ」
腿に頬をこすりつけるアニーに、皇甫はため息で返事をする。
「行方不明なの?」
「なにが」
「あなたのイイヒト。さっき言っていたじゃない。整形を疑うほど、私、似てる?」
皇甫は答えない。
「身代わりだっていいのよ。コースケの心の中はその人だっていいよ」
「またそれか」
「ずっと目をつむってたっていいよ。声も出さないようにする」
「同じことを二度言わせるな」
「ママが言ってた。『アニー、誠実な人を好きになってはだめよ』って。『誠実な人ほど残酷なのだから』って。コースケって、ママの好みど真ん中」
皇甫はこれみよがしにため息をついて、アームレストに頬杖をついた。
「私、面倒くさい?」
「面倒くさい」
アニーは、大きく息を吸って、吐いた。吸った息も吐く息も、こらえるように震えていた。
「そうよね。でも、これだけはわかってほしいんだけど、私、誰彼かまわずこんなこと言ったりしない」
「二時間後には出るぞ。さっさと寝ろ」
「うん。おやすみなさい。コースケ」
呟いて、アニーは静かに目を閉じ、皇甫の膝で寝息をたてはじめた。
朝日が車内に差し込んで、アニーの白い頬を淡いピンクに染める。ベリーショートの赤毛と同じ色のまつ毛がちらりと光ったような気がしたが、皇甫は見ない振りをする。
トムとアニーが寝入ったのを確認して、皇甫は静かに車を降りた。起こさないように静かにドアを閉める。
車の後ろに回って、銃痕をひと撫でし、リアバンパーにもたれて座った。フードを深くかぶりなおして、片手を外套の中に引き入れる。
皇甫は、ハンドガンに手を置いて目を閉じた。まるで車内の二人を守るように、あるいは二人から自分を守るかのように。
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