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「持っておけ」  と、皇甫は.45ACP弾を二人に渡し、車から降り立った。 「こんなに……お前は武器屋か」  言いながら、トムも外に出る。  瑞々しい木々の匂いがしみ込んだ風がさっと通り抜け、風を追うように皇甫が視線を横に走らせた。 「使う方が専門だ。いや、俺は専門でもないな。そんなことより、お前ら、俺から離れるな」 「離れたくても離れられねえだろ」とトムが足を引きずって苦笑いする。 「違いない」  言って、皇甫は、トムの脇に肩を入れた。連れだって、道をふさぐ丸太を避け、舗装から逸れて腐葉土を踏みしめる。 「悪かった」  声色だけでいえば、皮肉を言っているときのそれとなんら変わらない。どんな顔をしてやがんだ、とトムはちらりと視線をやるが、フードが邪魔をして表情はうかがえなかった。 「べつに」トムは不自由を強いられる羽目になった右脚に目線を落とす。「なんとも思っちゃねえよ。俺もコースケを殺すつもりだったんだ。あいこだろ」 「それは俺もなんとも思っちゃいない」皇甫は平然と言い放つ。「あいこというより自業自得だろう」 「お前なあ……少しは罪悪感を持て!」 「そうじゃなくて、車のことだ」  トムは、どきりとした。 「よく手入れされていた。よほど大切なものだったのだろう」  木々がさざめいた。緑をかきわけて通る風は、こんなにも心地よいものだったのか。 「機を見て、あれで逃げようと思ってたんだよ。そう、ある友人と約束していてな」  トムが生まれたころはすでに、緑があるところには簡単に立ち入れなくなっていた。数少ない森林はすべて保護の対象となり、政府の管理下にあった。 「崩壊より前、それこそ革命が起きる前の話だ。自然、反故になっているだろうが、どうしても手放せなかった」 「だから、店も続けていたのか」 「今でもお前を待ってる、約束を守るつもりはあった、本当にお前を救い出してやりかったんだ、ってな。ただの言い訳だよ」 「救い出すって、トム……まさかそのタトゥーは」  皇甫の口が何か言いたげに開き、しかし、なにも言わず閉じた。 「臆病者の自分に対する戒めさ」
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